たのてちょう〜たのしい手帳を目指す〜

手帳や育児、ブログをメインにした雑記ブログ

プロフィール

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ども!ムンタ隊員(@muntanote)です。

 

現在ではベビーシッターとして働いていますが、前までは「保育者」でした。

 

また、鬱になったり、ネットワークビジネスにつかまり、借金を背負ったり。

 

そんな過去も全てぶちまけていきます。

 

何でこんな話しを今更するのか?というと

 

twitterでフォローしているQちゃん(@qtarou1111blog)さんの「ブロガー100人切り企画」という企画に参加させて頂き

 

 

 

 

そこで、保育士→ベビーシッターへの転職の経歴について触れられて

そういえば書いていなかったな・・

むしろプロフィールも書いたことない・・

 

大雑把に・・・

・保育士で働く

・3年目に保育観が合わない。人間関係で鬱になる→辞める

・1人暮らしだったのでバイトで繋ぐ→ネットワークビジネスに引っ掛かり、借金を背負う

・借金を背負いつつも、「子どもとの関わりは辞めたくない」→保育園でバイト

・彼女の妊娠発覚

・正社員で4年間働いたあげぐ「子どもに関する職にはいたいけど、保育士に向いてない?

・ベビーシッターに転職(現在)

 

短くしましたが、8000字以上になってしまいました。

 

暇つぶしにどうぞ!

 

 

1 保育士になるまでのきっかけ

 

正直、自分が保育士になるとは思ってもみませんでした。

 

今まで、子どもと関わったこともなければ、兄弟はいなく従兄も遠かったので、接し方なんてわかりません。

 

むしろ、動物とか自然保護とかに興味があったので

大学に行き「環境創造」という学部に入学しました。

 

まだ、新設の学部だったので、どういった感じなのかがイマイチ掴めていないまま入学してました(笑)

 

 

~大学編~

 

大学に入ったからには、遊んで!・・勉強して「やりたいこと」を具体的に見つけよう!!

 

それに「環境創造」という名前なので、おそらく私が求めているものがあるに違いない!

 

そう意気込みながら初めての講義に参加しました。

 

しかも、その講義は「環境創造学部とは何か?」という内容。

 

正直期待していました。

 

・・・その分、失望感が大きかったです。

 

講義が始まりました。

そこの学部長(?)の先生が話し始めます。

 

 

 

「え~・・環境創造学部とは・・・私たちにもわかりません。」

 

 

 

・・・え?

 

 

 

「私たちにも未来は分からない。ここの生徒で作っていく・・・

 

 

 

その後の話しは記憶にございません。

 

というより、分からない学部を作るなよ!!!

 

いきなり、カウンターパンチを喰らってKO気味の私。

 

もう、適当に遊んで過ごそう・・・そう思いました。

 

それからは、ゼミなどで友だちもでき、遊んだり、授業をカードだけ切って退出したり(笑)していました。

 

なんとも親不孝な私。

 

しかし、結果的に「やりたいこと」は見つかったんです。

 

 

~サークル編(in 大学)~

 

大学と言えば「サークル活動」です。

もう、ここにかけるしかない!!

 

まだ、サークルに所属していない友だちと一緒に校内探索。

 

スポーツ系は今まで「水泳」と「剣道」しかしてこなかったので、他のは・・という感じでした。

 

そして、ある教室の前に

「TEAM冒険王」という名前がありました。(身ばれ覚悟)

 

当時、ワンピースも始まって間もなかったので「よし!冒険王に俺はなる」というわけのわからん場所に突入しました。

 

そこに待っているのは和気あいあいとした人たち。(と言っても4人)と

・・・片隅に本を読んている眼鏡の人。

 

最初は

「静かに本を読んでいて気付かなかったけど、サークルの勧誘のために使う教室だと忘れてたわ。今さら出にくいから読み続けるか・・」

というノリの人かと思いました。

(だって、勧誘の時にも本を読んでいるんだもん)

 

後に、話し合いの場にその人がいて

「ちょwwサークル内の人物だったのかいww」

と笑いをこらえるのに必死だった思い出があります。

 

さらに、違う大学の人もいて、驚き2倍でした。

 

そして、そのサークルは

・子どもとレクレーション活動をする

・子どもを集める。保護者へ伝える。活動内容を考えるは全て自分たちで行う。

・昨年はキャンプにも行った。

 

などなど。

 

んーー。

正直、子どもと関わるなんて視野になかったし、興味ない。

と思いましたが、人数が少ない(多いの嫌い)し、この人たち面白そうという感覚だけで入りました。

 

これが後に私を「保育士」の道に誘うとは予想できませんでした。

 

活動していくにあたり、自分たちで企画を考えながら、人を集めていく。

 

しかも、時折、OBの先輩たちもきてくれて、楽しいかった。

 

サークル活動は、今までの人生の中で「TOP3」に入るほど充実していました。

 

しかし、大変な時期もあったし

何より子どもの人数を獲得するための宣伝が大変。

 

チラシを児童館や公民館に配りつつの確保。

 

その中で、児童館と学童が併設している所があり、そこにも置かせていただきました。

 

そして、ただ置いているだけでは

何のアピールにもならないので、地元の私が児童館と学童でボランティアをさせていただくことになりました。

 

え?大学の授業は?

 

その時には大学を辞めています。

半年という短い付き合いでした。

 

すでにこの時には教育学部にいきたくなり、申請を出しました。

 

しかし、申請日が今日中。

明日以降になると3年になってからの転部になる。ということでした。

 

差が大きすぎるだろ。 

1年以上も待つなら辞める。という形を取りました。

 

話を戻します。

 

児童館では午前中には乳児、幼児中心。

午後には小学生&学童の子どもたちだらけ。

 

ちなみに、後に学童と児童館から

「バイトやらない?」という声がかかり、働くことに。そのため、学童と児童館の往復。

 

その中で、

「うっは!乳児とか可愛いすぎでしょ!何?明日また来ればいいのに、帰り際に泣くとか可愛い」

と毎日、癒されました。

 

もちろん、小学生と遊ぶのも本気です。たまに生意気な4年生がきてイラつくこともありましたが(笑)

 

ということで、大学は辞めている身なので、将来の道はいくつかに分けられました。

 

・小学校教諭

・児童館、学童の職員

・保育士

 

可愛いのは乳児、幼児。

遊んでいて楽しいのは小学生。

 

学童で働くにしても、乳児からの発達を見たい!ということで

保育士になる決意をしました。

 

その後は

 

日中は児童館と学童でのバイト

夜は飲食店でのバイト 

 

学費を貯め(親にもお願いはしましたが)て、無事に専門学校に入学。

ピアノに苦戦しながらも卒業。

 

さて、

ここから保育士→鬱→勧誘という流れになっていきます

 

 

2 保育士になってから「鬱」になるまで

 

 学校に推薦された保育園に就職。

0歳~5歳児クラスまでの約200人近くの保育園。

 

私は名前覚えるの苦手なので、全員覚えるとか無理(笑)

 

しかも、乳児クラスになると幼児クラスとの関わりなんて少ないしね。

 

1年目はもう、わけかわらん状態でしたよ。

 

今思えば、使い物にならんレベルだったんじゃないかな?

 

 

自分の保育観もなければ、教科書では学んだにしても実践はよくわかんし、1クラス2歳児で20人とかいるし。

 

大ベテランの先輩と組みました。

「見て学べ」の世代・・・

 

他の会社にもいるかもしれないけど、正直、厳しいですよ!

 

学ぼうと、試しに真似をしてみたところで

「その先生だから通用するのであって、自分だと通用しない」なんてものが、ほとんど。

 

あの頃は、先輩なりのアドバイスが欲しかったな・・・

と思います。

 

正直、クソ厳しかったし、機嫌悪いとめちゃくちゃオーラがでていて、午睡中の時間の部屋の空気がハンパない。

 

それでも、その先輩は

保育の事について、日々勉強していたし、研修や行事にも積極的だったので尊敬をしています。

 

何回か泣かされましたけどね(笑)

 

でも、その泣かされたのは

自分の不甲斐なさと、考えが甘かった事に対しての涙。

 

そうして、強くなる!

 

 

・・・いや、そんなことはない(笑)

 

 

 

2年目は、元気ハツラツな先生と組み、それなりに楽しかったです。

 

もちろん、失敗もありましたが、(多分)笑いながらフォローしてくれた。

 

なので、2年目も尊敬できる先輩に出会えたので良かったです。

 

ここまでは、忙しかったり不満がある中にもそれなりにやってこれましたが…

 

3年目に全てを打ち砕かれました。

 

 

 

まだまだ自信はないけれど、それなりに楽しく保育者生活を過ごしてきました。

 

さて、3年目。

2回目となる2歳児クラス。

 

相変わらず2歳児を20人とか、てんやわんやだなと思いつつ、楽しい2歳児クラス。

 

(あまり、詳しく書いて、何かで特定されるのも嫌なので、大雑把に書いていきます)

 

今までの先輩たちは

「子どもを尊重しながらの保育」でした。

 

もちろん保育園なので、

それなりに約束やルールはありますが、その年齢や子どもに合った約束やルール。

また、子どもが成長できる保育の仕方をしていました。

 

だから、子どもたちも楽しそうだったし、自分の中でも「保育」について少しずつ理解できて楽しかった。

 

でも、今回のクラスでの1人の大人が違う。

 

正直、自分の息子がその先生に預けた場合、クレームを入れたくなるような人。

 

辞めた今でも奥さんから話を聞くと(奥さんもそこの職場なので)変わらずの姿。

 

一生、保育観が合わないです。

 

子どもを褒めることは良いです。

時には「○○くん出来ているね。○○くんも頑張ろう」

と気持ちを高めるための手段として声を掛けます。

 

しかし、その先生はそうじゃない。

 

「○○ちゃんはすごいねー!ほら、○○くん!負けてるよ!○○もやってきて」

(時折、呼び捨てになる。保育者として、あるまじき行為!)

 

完全にヒイキがでている。

 

がんばろう!とする気持ちに持ちあげているのではなく、正直見下した言い方をしていました。

 

時折、「そんなこともできないの?おいていくよ?」

「できるんだからやって」

 

1人ひとりとじっくり関わっていたら、保育がまわらない。

 

次の活動や他の子に対しても支障がでる。わかる。

 

けれど、まだ2歳だよ??

2歳に「何をどこまで望んでいるの」

 

 

仮に出来たとしても「出来て当たり前。他の子もできている」という言い方。

 

 

そして、大人同士での会話も「ウチのクラスは、隣と違って天才だから」と普通に話す。

 

この頃から、保育というより「軍隊を作っている」と思っていました。

 

近くで聞いていて、毎日が嫌な気持ち。

 

そして、3人担任のうち、最初はその1人だったのに、もう1人もそんな感じに(笑)

あれ??

 

毎日そんな姿を見ていると、子どもたちがその先生の側にいるのが

「コビを売っている」

「怒られないようにするため」

と見えてきて、

子ども自体が可愛くなくなってきた時もありました。

 

 

だって、積極的にいくのは頭の回転が速い女の子なんだもん。

そういう風に見てしまう。

 

仮に媚を売るという行為ができる2歳児もすごいけど(笑)

 

 

反面、それに全く気にしていないのんびり系の男子に癒される私(笑)

もしくは、女子の中でも、天然?な子(笑)

ホント大好き!マイペース!

 

 

そして、私は子どもにとっての「逃げ道」としての保育者でいようと心に決めました。

(受け止めてあげる場所)

 

 

 

・・・が、それも打ち砕かれましたがね(笑)

 

その先生に(正直、対して怒られるようなことではない)怒られて泣いていた子がいました。

 

 

場合によっては、「間をとる」ことも大事です。

 

しかし、その時は理不尽だと感じたので、

「どうした?何で怒られた?」と聞きにいくと

私が怒っているの!だから話を聞かなくていい!放っておいて」

 

そこで、私が子どものためにも反論すれば良かったでしょう。

そうすれば、自分に自信も持てたのかな?

 

しかし、保育園は「女性の職場」でもあります。

 

ましてや3人体制の中2人が敵です。

 

私はたかが3年目の肝の小さき男。

私まで黙ってしまいました。

 

 

そこからです。

 

自分の不甲斐なさもあり、自信もなくなり、

「保育って何?先生の言うことを聞く生活を送らせるためなの?」と何もかも分からなくなりました。

 

そしてあと数か月、頑張れればな・・・。

 

もう保育園に行きたくない。

子どもたちも(1部を除いて)可愛くないし、何よりあの声掛けも聞きたくない。

と思っていました。

 

そして、ある朝。

 

 

 

 

身体が起き上がれないは、涙が出てくるわ・・・。

何かどうでもいいや・・楽になりたいな・・

 

あれ??

 

 

 

 

幸い、園長先生が男性(他にも男性はいました)ということもあり、相談し勧められた病院に行きました。

 

診断結果は「鬱」と診断してくれました。

 

精神科の先生は「鬱」と判断するのは自分に任せてくれました。

 

後に聞くと「鬱」という判断を下すと相手の気持ちをさらに下げてしまうから。

だから、本人に任せている部分はある。

もちろん、「鬱と判断しないで」と言われても、危ない状態なら場合によっては伝えるけど。とのこと。

 

確かに、あの時に医師から「鬱」と判断されていたら、

「行かなくていい」と気が楽になる反面、「不甲斐ない」と自信はなくなっていたかも。

 

その後、1カ月分の有給を使って、そのまま退職。

 

ちなみに、私が入社した時には同期が4人いて、1年目で1人退職。

 

 

しばらく、3人で「飲み」という名の「愚痴り会」や遊園地に行って遊んだりして楽しかったけど、私を含めて同時期にもう1人も「鬱」になり辞め。という形。

 

正直、ペアになる人によりますよ!

 

 

保育園に限らず、身体に異常が現れたら、すぐに医者にいくことをお勧めします。

会社が全てではないです。自分の命が1番!!

 

そして、「鬱」になりかけている人に対して、周りの人は「頑張れ」は言わないようにして欲しい。

 

「鬱」ということは、会社であれ何であれ、その人にとっての「死のスイッチ」です。

 

そんな人に「頑張れ」と言ったならば、「よし!死ね」と言っているようなものです。

 

また「気持ちは分かるよ」というのも言わない方が無難です。

 

「鬱になった人にしか鬱はわからない」んです。

 

じゃあ、どう対処したら良いかと言われたら

「自分の意見はできるだけ出さず(求められたら答えていいけど)相手の話しを聞くこと」をお勧めします。

 

とりあえず、「ん?」と思っても聞いてあげてほしい。

 

ちなみに、当時の彼女(今の奥さん)は3人同期の内の1人。

 

本人はそう感じていないのですが「死ね」と背中を何回も押してくれた人です(笑)

 

ちなみに未だに「いつ戻ってくる?」と「死地」へと誘ってきます(笑)

 

あの頃は、地元でなく、1人暮らしだったので「彼女」というのが唯一の身の置き場でした。(1人でいると悪循環だし、死ぬかもしれんくらい)

マジでストレスだったけど、離れられなかったんです。

 

だから、辞めたあとは「気が楽」なはずが「職場」の話しを含む愚痴もあったので、生きた心地がしない(笑)

 

しばらく、鬱から離れられなかったです

 

 

 

3 保育士を辞め、ネットワークビジネスに捕まった

 

 

鬱とは言え、いつまでも休んでいる場合ではありません。

 

 

保育者の1人暮らしなんて、貯金なんて貯められません。

 

 

生活ができない。

実家に帰る手もあったのですが、彼女がそうさしてくれない。

(今、思うとヒドイww)

 

 

なら、バイトをして食いつなぐしかない。

 

と言って、「保育」は自信が粉々なのでやる気が起きない。

 

ということで、他の深夜バイトなども試してみました。(ホストとかではありません)

 

検品作業や工場での作業。

 

うん・・・これをやってくれている人がいるから、私の手元にも本がある。

しかし、つまらん!!

 

黙々作業だな!

いや、人と関わるの好きじゃないし、今は怖いから良いけど「保育園」とは真逆すぎて「感情」を失いそうだわ。

 

 

~ネットワークビジネスへの勧誘~

 

 

とりあえず、バイトをしつつ食いつないでいる状態。

この後、どうしよう。

隣で「元職場の話しをしている」人もいるし。

 

その当時は、SNSで「mixi」が流行っていた時代。

その中でやりとり(というか話し相手)をしている子がいました。

 

その子と食事をすることに。

 

目がくりんとしていて可愛い子。・・・というか女の子だったんだ(笑)

 

本当に当時は「人間不信」だったので、会うことは平気にしても「どうでもよい」感じだったので、「浮気」ではありません!!!

 

 

そして、カフェで飲みながら話していると突然電話に出る。

「私がいつもお世話になっている○○さんて人が、すぐそこにいるんだって。ちょっと、ここに来ても大丈夫?」

 

ん?何だこの展開??

 

そして、来たのは大柄の男。

 

やべっ。捕まったかな??

 

ただね。話を聞くのがめちゃくちゃ上手いんだわ!!

話す内容も面白いしね。

 

「ところで、今ね。私たちは○○なことをしていてね」

 

再度、雲行きが怪しくなってきた・・

 

 

そして、みなさんもご注意を!!

そういう人たちは

「警察に言われた所で、○○と言い返せる」

「弁護士がついている」

「以前、そういう風に捕まった人を助けにいった」

という言葉を並べてきます。

 

 

私自身、ネズミ構というものは何なのかは何となく知っていましたが、ネットワークビジネスが何かは知りませんでした。

 

その人たちは、それとは違う。ということも大分言ってきました。

 

ちなみに、どちらも対して変わりません(多分)

 

そして、引っ掛かりました。

無知って怖いです・・・

 

数100万もするよくわからんソフトを買わされて、コミュ二ティみたいのに入らされて、マインドなどを話され・・

でも、人間不信になっていた自分だからかな??

 

そこにいる人たちは「前向き」「ポジティブ」という部分では救われました。

 

それが売りだったのか??

 

そして、私を元の世界へ戻す彼女。

 

それが良かったのか、どうなのかは分からないけど、よしとしよう。

 

しかし、また「元職場」の話を聞かされたり、「戻ってきてよ。残された私はどうなるの?」と言ってくるのは、どうかと思います(笑)

 

 

4 再び保育園へ。そして、ベビーシッターへ

 

そして、行き場を失った私は

他のバイトをやる中で「また、子どもと関わってみたい」と思い

違う保育園で「バイト」として働くことにしました。

 

バイトでの保育士は良いです。

書類ない!持ち帰りの仕事ない!残業もない!

 

そして、3カ月くらいたった頃。ある出来ごとがありました。

彼女に「できた」んです。

あれ??中○ししてないのに・・・

(世の中の諸君!仮にしてなくても出来る時はできる)

 

ということで、今まで断ってきた正社員を受けることにしました。

 

そこで働き、4年。

 

楽しかったけど、

1度、自分で失った自信を復活させること。また芽生えさせることは難しかったです。

 

結局、私は「保育士」という仕事には向いていないと感じました。

 

子どもと関わりたいのは変わらない。

しかし、

「子ども1人ひとりと向き合う」ことをしたい。

 

それは、保育園での実現はなかなか難しい。

 

 

例えは、子ども2人(4歳児)がケンカしている。

 

この頃の年齢は「相手の気持ちを受け止めたり、時には我慢することも覚える。また、相手にたいして思いやりを持たせたい」そんな時期。

 

その為には1つのケンカでもじっくり関わってあげたい。

でも、そこに関わると他の子が野放しになってしまう。

 

もしかすると、他の方法があるのかもしれない。

 

けれど、見つからない。

 

自分がしたいことは「保育」ではないのかな??

 

そして、気付いたら転職の事も考えていました。

 

そんな時に見たサイトが「キッズライン」というベビーシッターサービス。

 

www.tanotetyo.com

 

 

元々、保護者と話したりすることや成長の姿を話した時の笑顔が嬉しかった。

 

他の人からは、あまり聞かないけど、私は「園外」で会う子どもが好きだった。

 

 

例えば、近くのスーパーで出あう。

 

その時には親子の姿を見れるし、子どもも親といるので、反応もまた違って面白い。

 

そして、何よりその時は「1対1」で関われるのだ。

 

もしかして、自分はベビーシッターの方が合っている??

 

わからないけど、実際にやってみた。

結果、今の所楽しく仕事ができている。

 

最近は「キッズコーチング」を独自で学び、

より「子どもが成長しやすい環境」を作れるため「親が楽しく育児を楽しめる」ように勉強中。

 

www.tanotetyo.com

 

いつかは、

育児をしている親の相談にのったり(ベビーシッターの中でもしてはいるが)、若手の保育士を集めての勉強会なども開いてみたいな!

 

という、やってみたいことが色々と出てきています(笑)

 

www.tanotetyo.com

 

 

結構、長くなってしまったけど、ここまで読んでくれた方、ありがとうございます!

 

こんな私ですが、またこのブログに来て頂けると嬉しいし、絡んでくれると喜びます(笑)

 

今後もよろしくお願いします

 

 

おわり